有意義なサボリ

2007年09月13日

今日は会社をさぼってしまった。
しかも昨日は遅刻してしまった。
いろんな理由をつけて行かなかった。
そう、9月11日からいろんなことがありすぎた。
会社ではもちろん、家族の中でも。
なんのために働いてるんだ?私は。
そんな想いに答えもでず、もんもんとしていた。

お金使うときは、気持ちよく使いたいものである。
でも兄に送金するとき、私は気持ちよく払うことができなかった。
兄達を養うために、私は働いているのではない。
この行為が「自分のため」だと思えなかったから。
なんで私が、なんで私だけ。。。って思う気持ちをこらえるので
必死だった。

どうして母は、私の思いを理解しようとしてくれないのだろう。
どうして、いつも兄の見方なのだろう。
そんな被害者のような思いをすてきれず、
もんもんとしていた。
母はすぐ泣く。私のやっていることが理解できないのと、
自分の想いを理解してもらえてないという思いからか、
私に必死に訴えるけど、私も母のお願いを突っぱねた。
母の願いは母自身が苦しむのが嫌だからだ。
母自身はそれに気づいてない。「長男のため」だと思ってやっていること、
それは全然「長男のため」になっていないことを気づかない。
目の前に困っている人がいたら助けてあげたい、そんな衝動のままに
動いてしまう。ましてや自分の子どもなら尚更だ。
だけど、私も母の子である。同じ子どもなのに
どうしてこう心配度が違うのだろう。
私は何でもできる子だからか?兄は何にもできない子だから?
私も困っている。兄も困っている。
どっちを助けるの?

そんな思いはぶつけられないでもんもんとする。

私も大人になったな、と思うのは
母と言い争った次の日でも、ちゃんと会話ができること。
すねることは無くなった。
一緒に暮らしてるんだもの、「おはよう」「ただいま」は
キチンと言う。会話でしか理解をえることができないから、
それを閉ざすことだけはやめようと決めた。
私の想いを理解してもらえる日がくるのか、
わからない。
だけど、会話を続けることはやめない。



Posted by LLS at 21:50│Comments(0)
 
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